日本から帰ると

三週間余りの日本は忙しかったです。
なぜか、忙しい国。

カナダでは時間が過ぎていくことを五体に「感ずる」ことができるけれども、日本では時間が五体を運んでいくような気がします。どちらがいいか分からないけれども、日本訪問するときは、気がついたら時間だった、ということの連続です。

人間が一番充実した時間を過しているのは時間を感じないことだそうです。あることに夢中になれると、そこには時間は違うスピードで過ぎていく。時間が早く過ぎ行くことは悲しいけれども、一方では集中力を使っているから仕事がうまくいき、結果も良いことが多いのだそうです。その意味では日本での時間は充実しているのでしょうか?

時間を五体に感ずるという経験の中には、自分が時間を見つめて主体的に生きているという意味もあります。ですから、早く時間が過ぎることだけだいいのではありません。ビジネスにいる人は時間を自由に使いたい、充実したセルフ・コントロールの時間が欲しい、という動機の人もかなりいます。

日本人の働き方の中には、ともかく忙しくないと自己の重要感が出ないし、人々の尊敬をも集められないという人間の自尊心に関わるところから端を発しているかもしれないことを書いておきます。これは、生きる動機と密接に関連します。みなさん、何故働いているのですか?自分にと問うてみたことがありますか?

今日の一言:自分の特徴は、ユニークさは何?

posted by やまちゃん at 08:53 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

カナダとアメリカ

カナダには文部科学省に相当する国の機関はありません。
カナダはアメリカと似ていて、各州から出来上がっている連邦制で成り立っています。ですから、外務省、財務省、経済産業省などは首都オタワの連邦政府のなかにありますが、文部科学省、厚生労働省などのなど教育や健康に関することは各州に任されていて、各州によって教育方針や方法にも多少の違いがあるのです。

カナダの教育は先進国ではかなり優秀なのですが、どういうわけか工業国としては世界の先端を走っている感じがしません。それは、カナダの国の事情からして、生産するものが「資材・食料・原料」に強く依存する資源生産国であるという制限からきている可能性もあります。

ですから、カナダの優秀な人は資源産業に身をおいている可能性はかなり高く、日本でいうところの製造業、ハイテクには極めて少数の人々しか従事していません。アメリカ人とカナダ人はよく似ているので比較されて、次のようなコメントを出されます。

1.カナダ人はアメリカ人ほどには冒険する実業家が少ない
2.カナダ人はアメリカ人よりも教育程度が一般に高い
3.カナダ人はアメリカ人よりも勤め人根性の人が多く、独立心がない
4.カナダ人はアメリカ人よりも世界のことに明るい
5.カナダ人はアメリカ人よりも謙虚である
6.カナダ人はアメリカ人がなぜ極端な行動をするのかを疑問視している
7.カナダ人はカナダの方がアメリカよりも良い国だと思っている

リストを挙げればきりがありません。カナダは土地面積は大きいですが人口は小国、アメリカ国境より100マイル以内にカナダ人口の90%が入るといいます。カナダはカナダでありながらも、どこかアメリカと似た考えをする人たちが住む所です。カナダ人はアメリカに住んでいないことに誇りをもっていますが、現実、アメリカなしでは一日も成り立たない国なのです。

今日の一言:カナダはアメリカではないが、アメリカに限りなく近い
posted by やまちゃん at 13:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

アイスホッケー映画「ミラクル」

カナダは北の国。
雪と氷と森と湖と山脈と平原とからできている国。
アイスホッケーはカナダの「国技」と言われています。NHLのプロ・ホッケー選手のほとんどはカナダの出身ですし、ホッケーには国民の関心が集まります。日本でいえば、相撲と野球とサッカーとゴルフを全部合わせたほどの人気でしょうか。

先日1980年にアメリカがレイク・プラシッドで金メダルと取った時のホッケーチームとブルックス監督のチーム作りの様子を再生させて作った映画「ミラクル」(2004年)をビデオで観ました。映画はカナダのバンクーバーで作られ、アメリカの選手を応援するアメリカ人の観客の役をカナダ人3000人が引き受けて「USA!」と叫んでいたのは見事でした。

この映画からたくさん学びを得ることができました。ブルックス監督がほとんど無名の選手からオリンピック出場選手20名を選抜し、常勝のソ連に勝てるチーム作りを独創的に仕上げていった方法と考え方のなかに、ビジネスと通じるものがたくさん見つかったのです。

それを列記します:
1.これから何が起こるか分からない未知のもののために犠牲をせよ。
2.常勝ソ連に20年間一度も勝てなかったのだから、新しいスタイルを創造しなければ道は開けない。
3.自分にとって不安な世界に敢えて進んで飛び込むこと。
4.どのように成功するか?それは自分の持つ壁にぶつかり、死ぬことだ。
5.チームを作るには、情熱、精神の高揚は欠かせない。

6.強くなるには、精神的スタミナ、心理学的機会を大切にすること。
7.チーム内の雰囲気を過小評価するな。
8.大きな試合だけが大事なのではない。一分の積み重ねが大試合に繋がるという高い人生の生き方の標準がなければいけない。
9.個人のプライドから卒業してはじめてチームの目標が達成される。
10.全員の特徴を生かしてこそチームとして成功する。

11.常に自信を持って事に当たれ。それには事前に100%準備せよ。
12.楽しく激しく自信を持って仕事をすれば、勝利の機会は訪れる。
13.強い集中力。
14.成功体験者を選んでチームにする。
15.働く喜びを経験する。チームを構成する人の特徴を上手につかむ。

今日の一言:学ぼうという姿勢を持てば、ホッケーの映画からでも学べる

posted by やまちゃん at 15:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

バンクーバーのサービス業

以前にバンクーバー市の商工会主催の昼食会セミナーである会社の社長さんと同席しました。
そして昨日の午後はこの社長とさんと彼の会社で会って話し合うことができました。

彼はバンクーバーで各家庭や工業団地で使うセントラルヒーティングの装置を修理したり、改装したりする小さな会社を持っています。仕事を始めた頃はお客からなかなか電話がかからず、どのようにしたら売り上げが増えるかを一生懸命考えました。

バンクーバーはカナダの西側の玄関でここ100年余りほどの間に小さな田舎町は急速に大きくなりました。周囲の市を含める都市圏ではトロント・モントリオールに次ぐ第三の都会で、人口200万人になります。最近は中国・香港からの移民が目立ち、全人口の20%にもなるとも噂されています。ダウンタウンを歩いてみると、韓国語、日本語、などアジア系の顔が目立ちます。

サービスの性質上、トラックで暖房装置や温水器、それに修理工具や工事材料を積んでお客の所に急行しなければいけません。最近は交通渋滞も深刻化して、長距離だと目的地に辿り着くのに時間がかかり、従って料金も高くなる、というサービスを受け取る側の思い込みもあって、距離が離れている市からの注文は始めの頃はあまりありませんでした。カナダの電話は、XXX-YYY-ZZZZというように10桁ですが、この中央のYYYの三桁の番号で会社がどこの市にあるかとお客さんは考えるのです。

そこで社長は考えました。確かに距離が遠いと時間効率が悪くなりますが、それでも第二店三店を出すほど会社は大きくありません。たくさんの顧客があり、トラックの数を増やせば同じ効果でいいサービスをすることができます。彼はバンクーバーの東西南北及び要所で、その市特有の三桁YYYの電話番号を設置し、すべての電話が彼の会社へ転送されてくるように設定しました。お客さんの頭では、例えばバンクーバー市の西から電話をしても、電話番号が西側特有のものなので、まさか会社が違う市にあるとは考えないのです。会社が近くにある、料金も少なくて済む、と考えて安心して電話するお客が増え、売り上げは急速に何倍にも増えました。

月々支払う電話料金は、仕事が増え利益が増えたことを考えますと問題にもなりません。お客さんならどのように考えるか?という視点が成功したコツだったようです。良かったね社長さん。

今日の一言:今の自分の会社の問題は何?なぜ?
posted by やまちゃん at 22:47 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

コンセンサス(合意)主義・日本

資本主義は人間の性悪説と欲に基づいて考えられた経済機構だと言われています。逆に共産主義は人間の性善説に頼り、人間にある良い面を強調してユートピアを目指した経済機構であったのです。倫理的に考えると、共産主義の方が資本主義よりも本来の人間の望ましいあり方を目指した分だけ優れていたものだったのかもしれません。それだからこそ、一時は世界的にあれほど多くの人々を魅了したのでしょう。

15年以上前の旧ソ連の解体で共産主義が空中分解してしまいました。資本主義が生き残ったのは、人間の欲の本質に基づく考え方が、悲しいことであるけれども現実に近かったということになるのかもしれません。

カナダやアメリカで住んでいる人は、人間の欲に基づく資本主義のルールを学んで、自分達もそのルールの中で成功しようといつも考えています。ですから、あえて比較すると、自由に起業し、自由に成功し大金持ちになって一生を豊かに過したい人は日本よりも多くいるし、ビル・ゲイツのよう事業成功者のイメージは日本よりもはるかに高いといえるでしょう。

日本は強力な系列大企業が多くあり、世界に冠たる資本主義の国であるはずですが、私の目には鎌倉時代以後の武家社会の奉公人、江戸時代の滅私奉公人の伝統が生きていて勤め人の考え方が強く、北米のように資本主義の基本ルールを利用して独立していく考え方とは違っております。

今日は日本のいくつもの会社と交渉したことのあるカナダ人に会いました。彼は日本人は長い間こちらが時間をかけてあるところまで合意にこぎつけても、最終決定が棚上げになったまま何も決まらないことが多く、もう日本の企業と話し合うという無駄なことをしたくない、と言うのです。中国人は日本と違って決定が早く、日本人よりはるかに仕事がし易いそうです。

アメリカ人のなかには、日本人の合意に達しないと何も進まないシステムが太平洋戦争で日本が負けた理由だと考えている人もいます。しかし、戦後の朝鮮戦争からは、日本人の伝統的なコンセンサス(合意)による方法が1990年に至るまでの30年間、日本に大成功をもたらしました。そのとき世界は連戦連勝の日本の方法こそがこれからのモデルだと考えたのです。

しかし、1990年に始まる日本の不況は、合意主義に基づく日本の特殊な資本主義がマイナスに働きました。失われた10年どころか、失われた20年になる恐れもあります。日本の資本主義は政府介入の管理主義であり、社会主義に近かったから立ち直りが遅れた、日本では弱肉強食で本来の資本主義では潰れるべき組織をも社会主義的に生かそうとしたからいまだに立ち上がれないのだ、と観察する人が北米にいます。資本主義というのは、良くも悪くも勝者と敗者が必然的に生まれるシステムであり、それを止めようとするとソ連のような問題を産むことになるのだと日本に警告しています。私達にはこの意見を聞く耳はあるのでしょうか。

今日の一言:資本主義のルールのなかで自分はどうしたら成功できるかを考える。
posted by やまちゃん at 14:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

ビジネス夕食会

昨年会社を立ち上げた時に、バンクーバーの南、アメリカのワシントン州からの仕事があればいいと思いシアトル以北の様々なビジネスコミュニティにも声をかけました。最近ようやく声が届いたかな、というサインがありました。シアトルの北、スカジット郡周辺のビジネス責任者からEメイルがあり、夕食会に参加しないか、という招待だったのです。声をかけてから8ヵ月後のことでした。アメリカ人はカナダ人に対しては余り特別な感情を持っていないのが特徴で、カナダ・アメリカの国境付近では、ほとんど自国民のように扱うのが通例になっています。

今日はその夕食会の日。バンクーバーから国境を車で越えて1時間、マウント・バーノンという街に着きました。ワシントン州はシアトルが余りに大きく、シアトル以北からカナダ国境に至るまでの地域は取り残されることが多いのだそうです。そこに注目して声をかけておいたのです。

小さな地域だから夕食会といってもせいぜい少ない人数だろうと思っていたら、大間違い。
なんと530人のビジネスマン・ビジネスウーマンが集まる大夕食会になりました。バンクーバーでもこれだけ集まる夕食会はめったにありません。

午後5時半開場、初めはカクテルを飲んだりチーズをつまみながらのネットワークで自己紹介をしながら人の中に入っていきます。会社からグループで来ている人たちが多くいて、誰も知らないというのは私一人だけかもしれません。1時間余りして夕食、それが終わると郡のビジネス責任者達の紹介、ビジネスに貢献した人々の表彰、伸びている会社の紹介、地域のニュース発表、などが続いて、最後は今日のゲストスピーカーがシアトルの北の経済状況、アメリカの現状分析、今後の世界の経済予測などを楽しく発表して夕食会は9時半頃終わります。

アメリカのこの地域はカナダに近いので、私がバンクーバーから来ていると言っても全然気にしていません。ワシントン州だけにある地方銀行の幹部に会いましたが、彼らはワシントン州の経済にとても自信を持っています。この夕食会で司会をつとめた責任者の人は去年電話で話してから初めて会ったのですが、今日は司会やその他で忙しいからゆっくり話ができない、今度バンクーバーに行くからその時に話そう、と言っていました。

アメリカでビジネスを発掘できるか、面白い実験になりそうです。

今日の一言: 一緒に会って、食べて、意見を交換すれば、人は近くなる。
posted by やまちゃん at 17:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

敗者復活戦

日本には入試というものがあって、どこの大学に入るかが将来の就職に大きく影響します。また、希望する大学に入るために高校を選んで入ることも大事で、順繰りに元をたどれば、将来のために備えるという難しい人生の選択を幼稚園のときから求められるという話も聞いています。これは何を物語るかというと、日本では幼い時から勝ち続けないと、希望する人生を勝ち取れなくなってしまうという生活環境にあります。しかも、これは最近に始まった話ではなく、何十年も前からこのような伝統があるのです。

希望する会社に入ったとしても、将来の幹部として競争を続けていくことは並大抵ではありません。ひとたび競争につまづいて負けることになれば、敗者は取り残されてしまい、希望が叶えられない危険性が非常に高いのです。なぜこのようなことになるのでしょう。昔から勝負の戦い方にはリーグ戦とトーナメントがありますが、日本の社会ではトーナメントの考え方が強く、どの組織も完全勝者が一人、残りは程度の差こそあれ、全員敗者の経験者です。

カナダではリーグ戦の考え方が強く、初めにつまづいても、あとで挽回することができる社会です。学校でも、学習が進まない子供にも、その子供に合ったスピードで学習指導が与えられるゆとりがありますし、逆に飛びぬけて頭が良ければ、普通のスピードでの学習ではその子供の全力を引き出せるように飛び級になるか、英才教育を受けられる機会も与えられます。しかし、日本と違うのは、人間一人一人は神様がつくった芸術品であって、その人が活躍する場所があるはずだと考える人が多いのです。人間を測る尺度が一つではありません。人生の前半に敗者となった人は、その人の特長を計るものさしが間違っていたからそのような結果になっただけであって、別のものさしを使えば、人生の後半で勝者になれる可能性を持っている、という解釈をします。

会社組織でも、普通の社会でも、カナダの人々は各自が違う物差しで自分や他人の人生の評価をしています。一生の間のどの時点で敗者の経験をしても、社会にはその人に必ず第二、第三の勝者になれる機会を与えられる。もっと突っ込んだ考え方をすると、時々敗者としての人生経験があったから、自分には何が向いているのかを勝者になるまで、探し求められるという長所があります。また、敗者としての経験があるからこそ、敗者の気持ちが解り、敗者を勝者にするノウハウも考えられるというわけです。

日本は敗者復活戦の機会がなかなか与えられない、難しい社会です。難しいからこそ人は何事にも慎重で、失敗者の烙印を押されないように、自分の自尊心を傷つけないように用心深く進んで行かなければなりません。新しいことを始めれば失敗する可能性がありますから、たとえ心の中では試してみたいと思っても、決断は保守的になります。このとき、カナダ人だったらきっと始めているでしょう。人間の数だけ価値観の数があるカナダは、まとめるのに苦労します。しかし、生きている人間にとっては一人一人の価値が認められて、幸せな人生を送ることができている、と感ずるのです。

今日の一言: 人はビジネスに挑戦する。挑戦しないでは、人生を精一杯生きたことにならないから。

posted by やまちゃん at 01:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

失敗とミス

25年以上前にカナダの銀行で300米ドルを交換したとき、銀行員が2%の計算で60ドルという値を出してきました。6ドルの間違いだと主張しても話が通りません。コンピューターが普及していなかった時ですから、隣にいた行員が機転をきかせて携帯の計算機を使って本人に確かめさせ、問題は一件落着でした。間違いを詫びるでもなく、間違いを犯した行員はそのまま仕事を続けていきました。カナダでは、というよりも、北米では、このような初歩的な失敗はどこにでもあります。私達は損をしないように、日頃から目を光らせているのです。

このようなミスは日本ではほとんどありません。あらかじめ手順が決まっていて予測できる結果を期待するという活動では、日本人のミスは少なく、住み良い国です。カナダ人の能力は日本では考えられないような差がありますから、考えられないような事態になることを、あらかじめ考えておいた方がいいでしょう。一方、カナダでは全く新しい実験や、世界で初めての試みをする、という点では、アメリカ同様失敗を厭いません。何か新しいことを始めるとき、失敗の可能性は大きいです。しかし、魅力的なプロジェクトや試みが成功した時の利益や見返りが、失敗による危険を大きく上回る予測が立てられる時、カナダ人は失敗覚悟で新しい仕事に取り組む勇気を持っています。

日本の会社での研究開発の90%は成功しているという統計があるそうです。それを聞いた西洋人はビックリして、彼らの10%以下の成功率が何故日本の成功レベルとかけ離れているのか、不思議に思うそうです。真実は、日本では全く斬新なアイディアで成功するかどうかわからないプロジェクトには、参画しない場合が多いのです。逆に、先が見えるような斬新さがない(従って誰かの二番煎じのような)誰でも成功するようなプロジェクトには、西洋人は研究の意味がないとして参画したがりません。

日本では失敗やミスを犯すと、カナダでは考えられないようなマイナス要因が働いていることがわかります。カナダでは、失敗とミスの間には大きな差があります。失敗は予測できない事態で計画や行動を起こし、思わしくない結果が現れたときのことです。これは勇気ある行動として評価されます。ミスというのは、すでに同じ事を過去にしたことがあるので、あらかじめ出る結果が予想できて、しかも予想に反して思わしくない結果が現れることです。銀行員の計算はミスであり、「人間のすることだから」と誰でも許されます。ミスとは小さな問題なのです。この二つを混同して評価される限り、研究開発の成功率が90%以上の国になってしまうのでしょう。

カナダの社会は、敗者復活戦ができるのです。(以下次号)

今日の一言: 「失敗を恐れるな」というのは西洋の格言、東洋は「失敗する可能性を廃せよ」で通ってきた。この差が現代の思考方法の差、社会の差になっている。
posted by やまちゃん at 12:57 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

慣性の法則

カナダは資源国家です。資源依存の工業体質から脱皮しようと、ここ30年以上にわたって製造工業製品を世界に出そうとしていますが、一向に成果が上がりません。木材、紙パルプ、石油、金属鉱業、アルミ、麦などの穀物、魚介類、メープルシロップに至るまで、資源の輸出がやはり強いのです。

2002年の不況を脱出したのも強い資源があったからで、カナダ経済回復のリーダーシップは簡単に取って代わられそうもありません。しかし、これら資源産業は、カナダ国内に置いては公害の拡大や人間の健康に悪影響を与える可能性を常に抱えており、資源産業に対する法律の規制は厳しくなってきています。しかも、カナダのように資源を輸出したいブラジルやアフリカ諸国など開発途上国との競争も激しくなることでしょう。カナダは資源産業でいつまで食べていけるか。製造業、サービス業がいつカナダ貿易の主導的立場になれるのか。これらは古くて新しいカナダの課題です。

アメリカにおいては毎年膨大な貿易赤字が出ていますが、年間赤字40兆円という数字は、世界的金融投資の世界では、アメリカではわずか4日間で動かすことが可能な金額なのだということです。コンピューターで世界的に繋がった世界は、便利であると同時に、国の舵取りを誤ると大きな経済的人災に繋がりかねません。貿易総額の80%以上を貿易赤字国である隣国アメリカに依存するカナダは、過去からの慣性で今日もゆっくりと動いています。

今日の一言: 自分にとっての慣性の法則とは何か?
posted by やまちゃん at 14:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

夢見る力、の文化

アメリカンドリームはアメリカにだけあるのではなく、似たような考えがカナダにもあるのです。広大な土地に少数の人が住んでいる国カナダ。それもアメリカの影響を直接受けながらなので、国際的には広く知られていなくても、資本主義社会で「カナディアンドリーム」をもって経済的に成功することは人々の夢なのです。

事情があって「夢」に関するグーグルでの検索をしてみたら、日本語では約千二百万のサイトがあり、英語(Dream)では一億三千七百万、日本語では英語での10%弱(1:11)のサイト数が検索されました。今度は「夢の力」(Power of dream)や「人生の設計」「夢見る力」「人生の青写真」などを日英で比較してみるとこの比率が1:1000ほどになったのです。これは変だ、と思って「思考、考え、念い、想い、思想、アイディア・・・」と英語のIdea(s),Thought(s)と比較してみると日英比は1:40。しかし日本語の「思いの力、思想の力、考えの力、威力・・・」と英語でのPower of thoughts, Power of thinking などのことばをあわせたものとの比は1:10000ほどになってしまう。

英語のPower of thinkingというのは日本語では必ずしも「思想の力、考える力」だけではありませんが、それにしても単語の「思想、考え、アイディア・・・」という言葉だけのときよりもはるかに検索数比に違いがありすぎるのです。これはなぜか???

アメリカ・カナダの英語圏には小さい時から子供に夢を描かせて、その夢を達成させるために援助する伝統があるのです。しかも、人生で最も大切なことは夢そのものを持つことにある、という相互の理解が社会全体に行き届いていて、例え自分の夢が他人からみると重要な夢に見えなくても、夢(イメージ)を持つことそのことが大事になります。将来こうありたいと夢をえがき、頭脳に将来のイメージを焼き付けることで、夢の方が自分にすり寄って来ると考える人たちです。

だから、「考える力、夢の力」は英語で生活する人々にとってはとても大切な言葉です。
Maxwell Maltz という人も、肯定的な現在と将来の自己イメージを脳裏に描くことが、いかに幸福な人生を生きるために必要か、ということを何十年も前にPsycho-cyberneticsのなかで言っています。彼の本は大ベストセラーになりました。今でもビジネス部門で静かに売れています。日本語と英語での文化比較をする方法はいくつもあるでしょう。私にはこのような文化の違いがあるように見えます。

今日の一言:夢は夜開く、のではない。夢は将来必ず開く。
posted by やまちゃん at 15:27 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

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